| 経過 |
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| 天正元年越前で義景を討取った信長は8月26日虎御前山砦へ戻ってきた。27日夜羽柴秀吉が@小谷城本丸と浅井久政の居るA小丸を分断するためにB京極丸を攻め落とした。孤立した小丸で久政は自害した。29日信長自ら京極丸に攻め上り、浅井長政と最後の戦いに臨んだ。姉川合戦後、織田方に寝返ることなく浅井家に忠誠を誓った家臣が本丸へ雪崩れ込んでくる織田軍と激戦を交わし次々と倒れていった。長政は最後の時を迎えるためC赤尾屋敷に移り、片時も長政のそばから離れなかった従者の木村太郎次郎の介錯で果てた。享年28歳。ここに京極氏の一被官からのし上がり湖北に覇を唱えたD浅井氏は3代51年でその歴史を終えた。その直前、妻Fお市と三人の娘茶々、お初、お江それに嫡男万福丸は信長のもとへ送り届けられていた。 |
| 湖北蹂躙へ 大嶽城落城ヘ 義景自刃へ行く |