第一次伊勢攻め
経過
永禄10年春織田信長滝川一益を北伊勢攻略に向かわせた。前年までに西美濃・東美濃を攻略して美濃攻めも大詰めを迎えた信長は上洛に備え、背後の安全を図るために伊勢攻めを決行したのである。一益は北伊勢の諸勢力を織田方に寝返らせるため中江城@に入った。北伊勢は工藤長野氏関氏の二勢力、北勢四十八家Aと呼ばれる国人衆によって支配されていた。しかしその国人衆は一枚岩で外敵に備えていたのではなかったので織田軍侵攻を受けると織田家に従う者も多くいた。上木城・上九郎佐衛門B治田城・治田氏C野尻城・日置日向守信勝D上笠田城・飯田氏Eのように抵抗する勢力もあった。8月になって信長自身が出馬して来た。そして桑名城Fを本拠に神戸氏の支城楠城G高岡城H攻略に着手した。しかし武田信玄西美濃三人衆と手を結んだとの情報が入り、高岡城攻めを中断して一旦桑名城へ戻ることになったがこれは偽情報だと判明した。このひと月後信長稲葉山城の攻略に成功した。