@中江城
 
 
A北伊勢四十八家
 
 
A桑名城
 
 

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B楠城―四日市市楠町本郷字風呂屋【MAP】
北伊勢の土豪を帰属させたのを受けて8月信長自身が出馬して来た。桑名城に滞在してから楠城へ攻めて来た。楠城を守るのは楠十郎員孝だったが織田軍の猛攻に開城、高岡城への案内役をした。楠城は1369年に伊勢国司の北畠顕泰が築城、諏訪十郎貞信が初代城主になった。四代城主正威は楠正成の正流といわれている。ところでここの案内板によると七代城主正具は信長に徹底抗戦して撃退したが北畠氏が降伏すると城は孤立無援になって石山本願寺の蓮如に救いを求めてこれが石山合戦の原因となったとある。この解説を書いた人は誰かな。なお八代城主十郎正盛が羽柴秀吉と戦って死亡、ここに楠木氏は城と共に歴史から消滅した。
【探索のヒント】車で近くまで行けたと思います。私は万が一を考えて「新大正橋」の北にある病院のそばに車を置いて歩きました。周辺は田んぼなので農道を通ればよかったと思いました。大きな楠@が目印です。
【駐車場】駐車スペースあり
 
C高岡城―鈴鹿市高岡町茶山【MAP】
高岡城は神戸城の出城である。城主は神戸知盛の家老山路弾正種常。標高50メートルの山上にある。楠城を落とした信長は高岡城を包囲して城下に放火し、略奪、暴行を繰り広げ城方に恐怖心を植え付けようとした。しかし名将といわれた山路弾正はこれに屈せず徹底抗戦を続けた。そんな時西美濃三人衆が武田信玄と手を結んだとの情報がもたらされた。仕方なく信長は陣を解いて桑名まで後退、北伊勢の押さえに滝川一益をおいて尾張へ戻った。
【探索のヒント】高岡神社から石段でない小道を進むと民家があります。右手に山へ登る道がありそこを登っていくと城跡へ到着します。山上は展望台になっていて鈴鹿川をはさんで3`北西に神戸城があります。駐車場を見つける事ができなかったので高岡神社の近くを走るJR沿いに路駐しました。高岡城跡公園駐車場があります。
【駐車場】高岡城跡公園駐車場
【最寄りの駅】JR関西線・伊勢鉄道「河原田駅」
【最寄りのバス停】三重交通バス四日市鈴鹿線「北高岡」