高屋城の戦い
経過
天正2年(1574)4月本願寺織田信長中島城を攻撃、攻略した。これに呼応して@高屋城三好康長が挙兵した。信長荒木村重佐久間信盛筒井順慶細川藤孝ら畿内の織田軍団を動員したが自らは動かなかった。
そして一年後の
天正3年4月6日信長は京を出て八幡に着陣、7日若江城へ入った。信長高屋城へ向かう途中にあるA萱振城には手を出さず、8日高屋城の東にあるB駒ヶ谷に本陣を置いた。その間にC不動坂口で織田軍と高屋城兵の戦いが繰り広げられた。信長が見守る中での戦いに織田軍の士気は否が応でもあがった。同日夜城の北のD道明寺からE誉田にかけて織田軍は陣を張った。
12日になって信長高屋城を包囲する兵を残して住吉に進んだ。13日には本願寺に近いF天王寺に進んで14日本願寺付近の刈田を行った。16日今度は遠里小野まで戻って17日G堀城を囲んで攻撃を開始し19日落城させた。堀城落城を知った康長信長の右筆松井夕閑を通じて降伏を申し出た。信長は河内の三好の拠点となる城や砦は破却され、事実上三好家の抵抗は終わった。これは本願寺にとっても孤立することを意味した。21日信長岐阜へ戻った。
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