信長東国視察
―長野県編―
経過
天正10年(1582)3月5日織田信長安土を出発、その日は上菩提院に宿泊した。6日高遠城仁科盛信の首が届けられ@呂久の渡しで首実検が行われた。7日は雨のために岐阜城に逗留している。この日織田信忠甲府に入り武田一族・家老衆の首を悉くはねた。信長8日犬山9日金山10日高野、11日A岩村という具合に進んでいる。この11日勝頼田野で自決している。13日根羽14日B浪合に陣を移した日、C勝頼父子の首がもたらされた15日飯田に移った信長勝頼父子の首を晒した。16日にはD小諸へ逃れたものの裏切りに遭って切腹した武田信豊の首も届けられた。信長長谷川宗仁に命じて勝頼父子、信豊仁科盛信E首を京に晒させた17日飯島18日高遠城に滞在、19日F諏訪法華寺へ移った。この日から4月2日までの間信長は武田領の配分、国掟の制定、北条氏からの戦勝祝い、家臣への論功行賞などで滞在した。
武田領侵攻編 下伊那の戦い―高遠城の戦い―天目山の戦い―鳥居峠の戦い
信長東国視察編 
山梨県―静岡県
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